Eiichi Sudo

Eiichi Sudo


 美山町の北村は京都と若狭湾の中間に位置する山村。京都といえば北山杉が有名だが、ここ北村も杉の美林に囲まれている。杉は、美しい木目と、その材の柔らかさから、住む人に潤いを与える。村の中央部には由良川が流れていて、いかにも日本的な農村の原風景を残している。
 しかしここは復元した集落ではなく、江戸時代に建てられた民家がそのまま残っている日本でも数少ない茅葺きの集落なのだ。これらの茅葺きの民家は周りの山から材料を得るために、村の周りには自然が豊富に残っている。このおかげで四季の恵みを自然から受けて村は長い年月を生き続けてきたのだと思う。
 村の中を歩いてみると、遊んでいる子供と出会った。4人の子供が村の道路で遊んでいて、お母さんがその脇で腰を下ろして眺めている。日常的な当たり前の光景だが、周りの茅葺き民家がマッチして遠い過去の記憶を蘇らせるような、懐かしい感傷にひたってしまった。
 暖かな週末で観光客らしき人も歩いているが、庭先で村人はそんなことにお構いなしに立ち話を続けている。庭には洗濯物が干してありその横に軽トラックが止まっている。これから畑仕事に出かけるのか、老人が準備にせわしなく元気に動き回っている。ここには老人の生き甲斐もあるのだろうか、生き生きとした顔が印象的だ。 村の一番奥には手入れの行き届いたお寺があり、村はずれには立派な神社が村を守るかのように建っている。
 このようにこの村の魅力は生きているところだろう。観光用に映画のセットのような町並みを再現した、あの何かおかしな町並みと違い、人間の温かみを感じる。そもそも家という物は人が住む所であり、人が住まなければ単なる材木にしか見えない。人が住むことによって保存が可能になり生きた建物になる。そしてそこに茅葺き民家の魅力も生まれる。単なる懐古趣味や哀愁ではなく、あの大きな屋根とその下で暮らす人々を見ると何か安心感とか、不思議な魅力を与えてくれる。私にとってそれは単なる写真の被写体ではなく、日本人の遺伝子に長い時間かけて組み込まれた情報を、伝え残したいという本能的な何かが働いているような気がする。 
 本来、家は代々受け継がれ住み続けられるように作られていた。明治以前の優れた民家のように、親から子に引き継がれて磨かれ大切に住み続ける。このような生活が、地域社会にも影響して村のコミュニティの活動が盛んになり、地域連帯も強まる。だから家は一代という考えではなく数百年持つのがあたりまえだった。
 しかし今の日本家屋は、核家族化し家は一代という考えから短い耐用年数を想定し、20〜40年で立替えするようになってしまった。これにより地域社会も弱体化し、いろいろな問題も起きている。
 最近は人口増加と資源の問題から無駄な消費は地球の生命を縮めるものとして排除される風潮がある。このような価値観の変化は一つの物を大切にし、良い物を求めることになり、修理やリサイクルが重視される。そのため家の耐用年数も今後100年程度もつのが常識になるように変化すると言われている。これにより地域社会も今後変化していくのだろうか?
 あと数十年もすれば茅葺き民家の姿は郷土資料館や博物館でしか見ることができなくなるかもしれない。しかしそんな人の住んでない民家はなにか精彩を失って魅力を感じないだろう。そのためにもこのような生きた村は大切にしたい。私としてはただ民家を保存するだけでなく、この地域社会全体が残り日本の伝統と生活様式のすばらしさを、そして技術などを後世に残してもらいたいと願う。

BACK

web design studio RAMBLE since 1996
Copyright 2001.Eiichi Sudoh